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さらにもう一作追加です

『不味いグミ』


「このグミ、ヤバイ味がする」
 彼女は虹色のグミを食べながら、人形のような顔でそう言った
「ヤバイって、どういう風によ」
「クスリの味。あなたならわかるでしょ?」
 ドラッグなんてやりもしないくせに、そんなことを言うのだ。でも、 実際にクスリの味がするから、俺は好んで食べている。この体に悪そうな、不味い虹色のグミを。
「んなこと、お前は知らなくて良いんだよ」
「じゃあ、どうして付き合ってるの?私たち」
 しょっちゅう同じ質問をされる、疑問を抱くぐらいなら別れれば良い。なのに、彼女はその選択肢を選ばない、いや、選べないのだろう。
「なんとなくだな、なんとなく。強いて言えば、一人が嫌だからか」
 投げやりに答える、どうせまともに聞いちゃいない。
「あたしは別に、一人でも構わないんだけど」
 強がったり本音と逆のことを言うときは、必ず拗ねた表情をする。世間的に見たら彼女は美人だ、俺はそんなことどうでも良いんだが、つれて歩いていると、うらやましがられる。中身を知らないからだ。
「無理なくせに、そんなことを言うな。いつも飲んだくれてるくせに」
「だってあたし、お酒がないとミイラになっちゃうもの」
「俺がいなくても、だろ?」
「そんなことないわ、あなたはお酒より下だもの。あなただって
クスリがなかったら、あたしとしゃべる事も出来ないくせに」
 確かにそうだ、素面ではまともに外も歩けなければ、人と話す事もまともに出来ない。薬が切れたら俺は廃人でしかないのだ
「ったく、酒と人間を比べんなよ」
「クスリと人間を比べたの、誰だっけ?」
「……、うるせえな」
「あたし、寝るわね。あなたも早く寝なさい」
 彼女は横になると、すぐに寝息を立て始めたので、俺は一人、虹色のグミをむさぼった。かみ締めると懐かしい風味が口の中で広がったが、そこから先の快感が訪れる事はなかった
「UKロックはお洒落じゃない……、か。その通りだよ全く。紐解けばみんなドラッグがらみじゃねえか、ヤクの抜けたクラプトンはただの抜け殻だし、ジミヘンはゲロを詰まらせて死んだ。生き残ったのは下らないポップミュージックと、ブライアンのいないストーンズか。やってらんねえよ、俺がいくら主張したところで、お洒落になったロックを信仰する人間は、何もわかっちゃくれない」
 一人で毒づいても何も始まらない、主張したところで世界は変わらない
「うるさいわねえ、私たちの好きな音楽、信じてる音楽がそうじゃなければ良いじゃないの。わからない人には、わからないわ。40年前だって、理解を示さない人間はいた。結局、変わらないのよ」
「俺が幻想を抱いてるだけだって言いたいのか?」
「そうよ、音楽には暗い歴史が付きまとってる、いつの時代も。何故、クラシックの世界に黒人がいないのか、あなたはわかってるの?何故、ブルースやジャズといった音楽が生まれたのか、わかってるの?それらに比べたら、ロックがおしゃれになったことなんて、大したことじゃないわ。現実を知らないから、あなたは幻想を抱くのよ」
 何も言い返せない、俺が世界に対し幻想ばかり抱いているのは事実だ。しかし、彼女はそれを悪いとは言わず、むしろ夢があるといってくれる。酒びたりで、一見人としてはどうしようもない印象を抱かせる彼女だが、言う事には一本筋が通っている、いつも酒が入っているのは、照れ隠しなんだろうか、いずれにせよ、彼女がいなければ俺には生きがいがない。それぐらい、俺にとって大きな存在なのだ。肯定してくれるから。
「でもね、そういう人がいるのは悪くないと思うの、現実ばかり見て、 正論しかいえない大人ばかりだったら、息苦しくてやりきれないもの。あたしにとっては、あなたのような人間がいることは救いなのよ。あなたにとって、あたしの存在が救いであるようにね」
「さっき、なんで付き合ってるの?って聞いたのはどこのどいつだよ」
「あたし。それがどうかした?」
「わかってるなら、なんで聞くんだよ」
「好きって言って欲しいからに決まってるじゃない、馬鹿」
「誰が言うか、んな事」
 結局、いつも手のひらの上で踊らされている、だけどそれも悪くない。しかし、彼女以外の女性にそうされるのは、まっぴらごめんだ。
「もう良い?すっきりしたなら、あたし、もう寝るわ」
「ん、ああ。勝手に寝れば良いだろ」
「じゃあ、ぼやきであたしを起こさないでね。あなたもさっさと寝るのよ」
「眠くなったら、寝るっての、いちいちうるさいな」
 言い返すと、彼女はすでに寝息を立てていた。正直、ここまで寝つきが良い人間は、世界中を探してもそういないだろう。爆音のライブハウスでも、寝てしまうのだからそれには驚くしかない。
『うるさくても、うるさいだけで退屈なら眠くなるわ』
 彼女はそう言っていたが、それはわからなくはない。だからといって、ライブハウスの、あの爆音の中で寝ることなんて俺には出来ない。
「さて、クスリが切れる前に俺も寝るか……」
彼女の寝顔を横目に、俺の意識は混濁していった。

 目を覚ますと、そこに彼女の姿はなく、かすかな残り香と、未開封のグミが一袋置いてあるだけだった。こうして、俺の不毛な時間がまた幕を開ける。いつものように。日が傾いた頃には、村八分の『あやつり人形』を口ずさみながら彼女がやってくるだろう。それを唯一の楽しみにし、俺はグミの袋を開けた。
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